古文独特の世界観を現代人ならではのツッコミを入れながら楽しく学んでいきましょう!
さて、今回の作品は「十訓抄」のエピソードである『顕宗といふ笛吹き』です。どうぞお楽しみください!
【このお話のツッコミポイント】
それはよくないですよ、帝。
『原文(入試用問題文)』
堀河院の御時、勘解由次官顕宗とて、いみじき笛吹きありけり。ゆゆしき心おくれの人にてぞありける。院、笛聞しめさむとて、召したりければ、帝の御前と思ふに、臆して、わななきて、え吹かざりけり。本意なしとて、相知る女房に仰せられて、
「わたくしに、局のほとりに呼びて、吹かせよ。」
と仰せられければ、月の夜、かたらひ契りて、吹かせたり。女房の聞くと思ふに、はばかることなく、思ふさまに吹きける、世にたぐひなく、めでたかりけり。帝、感に堪へさせたまはず。日ごろも上手とは聞こしめしつれど、かばかりはおぼしめさず。
「いとこそめでたけれ。」
と仰せられたるに、
「さは、帝の聞こしめしけるよ。」
と、たちまち臆して、さわぎけるほどに、縁より落ちにけり。さて、「安楽塩」といふ異名をばつきにけり。
『現代語訳』
堀河天皇の御代に、勘解由次官顕宗といって、すばらしい笛吹きがいた。この人はひどく気後れをしてしまう人(気が弱い人)だった。天皇が、笛をお聞きになろうと思って、(顕宗を)お呼びになったところ、帝の前だと思うと気後れして、震えて、吹くことができなかった。帝は残念に思って、顕宗に親しい女房にお命じになって、「個人的に、(女房の)私室の近くに呼び出して、吹かせなさい。」とおっしゃったので、(女房は)月の夜に、(顕宗に)話して約束して、吹かせた。顕宗は女房が聞いていると思い、気後れせずに、思うまま吹いた。その音色はこの世に比べるものがないほどすばらしかった。帝は、感動を抑えることもおできにならない。(帝は)普段から(顕宗の演奏が)上手だとはお聞きになっていたが、これほど(上手)とはお思いにならなかった。
(帝が)「とてもすばらしい。」
とおっしゃると、
「さては、帝がお聞きになっていたのか!」
と、たちまち気後れして、騒いでいたうちに、縁から落ちてしまった。そのことから、「安楽塩」というあだ名がついた。
『ツッコミ解説』
ああ~これはよくないですよ、堀河帝。いくらなんでも顕宗がかわいそうです。
彼の身になって考えてみてくださいよ。親しい女官から
「私の部屋のそばで笛を聞かせて♡」
なんて言われてですよ、しかも、月の夜とムードも満点。そりゃあ顕宗さんだって期待しますって!
ほら、案の定ノリノリで吹いちゃってるじゃないですか。かわいそうで見ていられないですよ。
しかもね、声掛けしたらマズいですって。せめて黙っておきましょうよ。武士の情けってやつですよ・・・って帝か。
最後のオチは「縁から落ちた」の落縁(らくえん)と笛の楽曲である安楽塩を”らくえん”でひっかけたもの。甘い期待を打ち砕かれた挙句、こんなあだ名までつけられた顕宗さんが不憫でなりません。
ちなみにこのお話が教材として使われる場合、
「わたくしに、局のほとりに呼びて」(個人的に私室の近くに呼んで)
を
「わたくしに坪の辺りに呼びて」(個人的に坪庭のあたりに呼んで)
としている場合があるのですが、断然”私室の近く”の方が味わい深いですよねぇ~。ノリノリから落縁までのギャップが際立つと思います。